山口・湯田温泉の史跡
井上馨墓(洞春寺)
(いのうえかおるはか/とうしゅんじ)
井上馨墓(洞春寺)
洞春寺は長州藩の藩祖・毛利輝元が元亀3年(1572年)に安芸国吉田に建立した臨済宗の寺院で、祖父・毛利元就の菩提寺として営まれた。
毛利家が関ヶ原の戦いに敗れると、徳川家康によって防長2州(現在の山口県)に移封され、洞春寺も萩に移された。その後明治維新を迎えたときに山口の当地に移転した。
尊攘派の志士・井上馨は維新後、明治政府で外務卿、外務大臣、大蔵大臣などを歴任し、大正4年(1915年)9月1日に静岡の別荘「長者荘」で死去。遺骨は東京西麻布の長谷寺と、ここ洞春寺に分骨された。(井上馨については「井上馨誕生地」もご覧ください)
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(洞春寺の入口である総門は四脚門となっている。ここは四境戦争(第二次長州征伐)時に、長州藩の諸隊である鴻城軍(井上馨が総督)の駐屯地にもなった )
(総門から参道を進むと山門があり、向こうに本堂が見える)
(本堂に向かって左側に墓地がある。墓地のいちばん奥手に井上馨の墓がある)
(墓石の説明板)
史跡マップ
