幕末トラベラーズ

京都の史跡

京都薩摩藩邸跡
(きょうとさつまはんていあと)

京都市上京区玄武町

御所の北側、現在の同志社大学のキャンパスに、京都・二本松薩摩藩邸があった。幕末史を大きく旋回させた薩長同盟の会談場所のひとつとなった。

京都薩摩藩邸跡

薩長同盟の秘密会談は、この二本松(当所の地名)の薩摩藩邸で開始されたが、のちに、藩邸から500メートルほど西の、堀川・一条戻り橋近くの小松帯刀(こまつたてわき)邸内に会談場所が移され、そこで薩長同盟が最終的に締結された(慶応2年(1866年)1月21日)。

薩摩の西郷隆盛、長州の桂小五郎(木戸孝允)は、互いのメンツにこだわり、同盟の成立が危ぶまれていたところ、坂本龍馬が西郷を説き伏せて、薩摩側から同盟を申し入れさせたとされる。(ただし龍馬は、最終的な同盟成立時には到着が遅れたために立ち会っていないという説もある。しかしその後、盟約書の裏書きを行っていることから、薩長同盟仲介の中心的な役割を果たしていたことは間違いない)

薩摩藩邸は維新後、会津藩士・山本覚馬(やまもとかくま)の所有となっていたが、キリスト教の信仰に目覚めた山本は、新島襄(にいじまじょう)の学校建設(同志社大学)構想に理解を示し、格安でこの地を譲り渡したという。

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(二本松薩摩藩邸は、現在は同志社大学のキャンパスとなっている)

(烏丸今出川(からすまいまでがわ)交差点。左上(北)−右下(南)が烏丸通り)

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