高知の史跡
中岡慎太郎館
(なかおかしんたろうかん)

高知県安芸郡北川村大字柏木
安芸郡北川郷に生まれ、尊皇攘夷、倒幕運動を推進するために各地を飛び回り、龍馬とともに薩長同盟締結の中心的な役割を演じた中岡慎太郎の生きざまを紹介する施設。
施設は、1989年の「ふるさと創生資金(一億円)」の使い道として建設が決定。中岡慎太郎の生家近くに、1993年に完成した。
中岡慎太郎館
北川郷の庄屋に生まれた中岡慎太郎は、武市半平太の土佐勤王党に参加。文久3年(1863 年)に八月十八日の政変が起き、土佐藩で勤王党への弾圧が始まるとすぐに脱藩し、長州藩に亡命した。長州藩が京都で起こした禁門の変や四カ国連合艦隊との下関戦争に長州藩の一隊として参加。倒幕なくして日本の未来はないという信念のもと、東奔西走して同志・有力者と連絡をとり、倒幕の奔流をつくるために粉骨砕身した。
慶応2年1月21日(1866年3月7日)に京都薩摩藩邸で、薩長同盟を成立させ、倒幕に向けての大きな進展を実現させた。薩長同盟といえば坂本龍馬のほうが立役者として名が残っているが、そこにいたる道筋をつけたのは中岡慎太郎の功績が非常に大きい。龍馬は最後の一押しをしたということではないだろうか。
慶応3年11月15日(12月10日)、京都の近江屋に坂本龍馬を訪ねていたときに、刺客に襲われ、龍馬はその場で絶命、中岡慎太郎は重傷を負い、2日後の11月17日に死亡した。享年30。
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