会津の史跡
西郷邸跡
(さいごうていあと)
西郷邸跡
西郷家は、会津藩松平家譜代の重臣で、代々家老職を勤めた。幕末期の当主・西郷頼母近悳
この日頼母邸で命を絶ったのは、頼母の祖母・冬子、母・律子、妻・千重子、妹・眉寿子、次妹・由布子、長女・細布子、次女・瀑布子、三女・田鶴子、四女・常盤子、末女季子、その他当日西郷邸に居合わせた律子の実家小森一貫斎の家族5人、分家西郷鉄之助・きく子夫妻、縁類の軍事奉行町田伝八・ふさ子夫妻とその家族1人、朱雀3番中隊半隊頭・浅井新次郎の妻たつ子と長男・彦の母子、および西郷家用人森喜左衛門。
(この段、旺文社『会津戦争』(編者・旺文社)より)
この西郷邸のほかにも多くの武家で、残された家族が自刃する同様の悲劇が相次いだ。
西郷邸は「会津武家屋敷」に復元され、当時の家老屋敷のようすをうかがい知ることができる。
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(西郷頼母の屋敷は鶴ヶ城の北に位置する)
(西郷邸跡の碑)
(案内板)
(西郷邸の向かい側にある家老・内藤介右衛門
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