〜幕末トラベラーズ〜

日本史用語集

江戸時代

(なんりょうにしゅぎん)
南鐐二朱銀ってなんのこと?

(画像出典:https://www.ac-illust.com/)

南鐐二朱銀(なんりょうにしゅぎん)は、田沼意次の政権下で鋳造された、額面が固定されている銀貨。

解説

南鐐二朱銀は、江戸時代の通貨のひとつで、二朱(一両の8分の1)の価値を持つ銀貨です。

当時、東日本では額面が決まっている金貨、西日本では額面が記されていない銀貨(重さで価値をはかる)がおもに使われていました。金貨と銀貨の交換比率も変動し、大坂と江戸では貨幣の交換が不便だったため、商業を重視する田沼意次の政権下で、1772(安永元)年にはじめて額面が決まっている銀貨がつくられたのです。これが南鐐二朱銀 (なんりょうにしゅぎん)と呼ばれる銀貨です。「鐐」とは白く光る銀のことをさします。

ちなみに江戸時代の代表的な金貨である小判は1枚が1両。その「両」の補助単位が「分」と「朱」です。
一両の4分の1が「一分 (いちぶ 」、その4分の1が「一朱 (いっしゅ) となります。
たとえば「二分金」は一分の2倍ですから、一両の2分の1。したがって「二分金」2枚で一両。 「南鐐二朱銀(二朱金と同じ価値)」は一朱の2倍ですから、一分の2分の1。したがって「二朱銀」8枚で一両となりますね。

一分・一朱