〜幕末トラベラーズ〜

日本史用語集

江戸時代

(いっこくいちじょうれい)
一国一城令ってなんのこと?

(画像出典:https://www.ac-illust.com/)

一国一城令とは、大名が住む城(居城)以外の、領国にあるすべての城を取り壊すように幕府が命じたもの。したがって原則として、大名の領国には城は1つだけとなった。大名が大きな軍事力を持つことを防ぐために、大坂夏の陣の直後(1615年)に出された法令。

城は軍事力の要(かなめ)

大名が軍事力を持つことは自分の領土を治めるために必要なんだけど、大名が力を持ちすぎると戦争のもとになったりして、天下を治める幕府にとっては都合がよくないね。
徳川家康は1603年(慶長8年)に江戸幕府を開いてからも、しばらくの間は「天下は取ったものの、いつまた戦国の世に逆戻りするかもしれんぞ!」と内心落ち着かなかった。

実際、関ヶ原の戦い(1600年)が終わった後も、大名たちは自分の領内にどんどん新しい城(支城)を作り続けていたのだ。
この時点では「今後は徳川家が平和な世界を築くだろうから安心ダネ」などと呑気に思っている人間はほとんどいなかった。なぜなら天下人・秀吉が創始した豊臣家が健在だったから。

天下人秀吉の子孫こそ正当な統治者と考える人も多かったし、豊臣秀頼(秀吉の子)は天下無双の大坂城にしっかり腰を据え、秀吉に可愛がられていた家臣たちもまだまだ戦闘能力を残していた。徳川家の政権は全然盤石ではなかったのだね。

そこで家康はあらゆる手を使って、無理やり豊臣家との戦争に持ち込むことにした。そして大坂冬の陣・大坂夏の陣という年をまたいだ大戦 (おおいくさ) をしかけて、やっとこさ豊臣家を滅亡させることができたのだ。このとき、いちばん苦労したのは難攻不落の巨城・大坂城の攻略だった。

一国一城令が出される

日本地図から豊臣家を消し去ることに成功した家康は、「やれやれ、これでようやく戦国の世が完全に終わったのぅ」と安堵した。これからはわしらが中心となって平和な世の中を築くのみだ。
家康は大名に対して、「もうオマエらにはでかい戦争をするほどの武力はいらんぞ。城なんかひとり1個でいい!」と厳しい宣告をくだした。これが「一国一城令」というやつだね(実際の命令は2代将軍秀忠の名で出された)。
幕府はこれからは大名たち(とくに西国の大名)を強力に統制せにゃならんと考えてこんな命令を発したのだ。

「一国一城」の意味

「一国一城」という言葉は、そのまま解釈すれば「一つの国には一つの城だけ」ということ。戦国大名の起源をたどると鎌倉時代の守護(のちに守護大名そして戦国大名となっていく)に行き当たる。
たしかに守護は一国に一人だけだったけれど、戦国時代から江戸時代にかけて「大名」と名乗る人間がおおぜい現れて、国の領域と大名の支配領域とは必ずしも一致しなくなってしまった。
だからこの場合、一国というのは文字通りの(薩摩国、越前国のような)を表すというよりも、一大名が支配する領地のことを指していると解釈したほうがいいね。つまり、

「一国一城令」とは、「一つの大名家の居城は一つだけとし、その他の城(支城)は破却するよう命じたもの」という意味になるね。

ただし例外があり、(幕府の気まぐれによって)1大名家が2つ以上の城をもつことが許される場合がある。 たとえば、加賀百万石で有名な前田家は、加賀国 (かがのくに)、能登国、越中国という3つの国にまたがる大名だ。いったんは加賀国の金沢城以外の城はすべて廃城にさせられたが、のちに小松城を築くことを許可された。
また、池田家(鳥取池田家)は、因幡国(いなばのくに)、伯耆国(ほうきのくに)の2国にまたがる大名で、鳥取城、米子城、倉吉城の3城を認められている。

前田家も鳥取池田家も将軍家と親戚だったから、ちょっとオマケしてもらえたのだね。

一方、東国の出羽国(でわのくに)北部の領主だった秋田(久保田)藩・佐竹家は、領地も広く諸事情から統治がしにくい土地柄と判断され、「城1つではなにかと不便であろう。とくに差し許す!」と幕府に言われ、久保田城、大館城、横手城と3つの城を許された。

つまり、複数の国にまたがる、領地が広い、将軍家と仲好しだったり信用がおける、地域の治安維持に必要などの適当な理由があれば、複数の城を許されることがあったというわけだね。

家臣の台頭をふせぐ役目も

一国一城令は、基本的には大名が強力になることで幕府に対して反乱を企んだり、大名同士の争いが発生するのを防ぐ目的で出されたものだけれど、その他にも大名家の城を一つに限ることによって、大名家内の争いを防ぐというねらいもあった。
つまり、本拠地の城以外に支城をつくって家臣をそこの城主とすると、その家臣の力が強大化して地域の不安定要素になる危険もあるということだね。

【参考文献】

・藤井譲治『日本の歴史 江戸開幕』集英社、1992年

・藤井譲治『戦国乱世から太平の世へ』岩波新書、2015年