〜幕末トラベラーズ〜

日本史用語集

江戸時代

(ふださし)
札差ってなんのこと?

(画像出典:https://www.photo-ac.com/)

札差とは武士の俸禄米(幕府からもらう給料)を換金する業者のこと。江戸の蔵前で営業をしていた。

武士がもらった米を換金する業者

江戸幕府の直属の家来である武士つまり旗本御家人の多くは、幕府から給料を米でもらっていました。この米というのは幕府の直轄領(=大名領ではない)から送られてきた年貢米のことです。しかし武士は米をもらっても米のままでは買い物ができませんからお金に換える必要があります。ところが、給料(=米)の支給日に幕府の米蔵からいくつもの米俵を受け取って商人に売却するというのは意外と大変な仕事。そこで武士の代わりに米の受け取りと換金を請け負っていたのが札差とよばれる業者です。

江戸の浅草には幕府の米蔵が集まっていて「浅草御蔵 (あさくさおくら)」または「蔵前(くらまえ)」という地名でよばれていました。札差はそこに店を出して営業していたんですね。幕府から武士がもらう給料のことを俸禄米(ほうろくまい) といいます。札差は、俸禄米の受領と換金を依頼された武士から支給の権利を証明する手形を預かり、それを割り竹にはさんで蔵役所のワラ束にさして支給の順番を待ちました。札差の語源はそこにあるんですね。

札差は、依頼主である武士の代わりに俸禄米を受け取り、武士の家族らが食料とする分を除いて米問屋で換金し、その金と米を武士に渡すことで手数料収入を得たのです。

やがて札差は米受給の代行だけではなく、武士がこれから受け取る予定の俸禄米を担保に金貸しも行うようになりました。金融業者となった札差は大儲けをして蔵前風といわれる贅沢三昧の生活をしていた者も多かったといいます。

掛屋とちょっと似ている

年貢米として集められた米をお金に変えるという仕事は、掛屋 (かけや)も行っていました。

掛屋というのは、おもに大名(藩)から各地の蔵屋敷(大坂がもっとも多い)に送られてきた米を換金し、それを大名に送金するという仕事をしていました。掛屋もまた札差と同じように金貸し業で大儲けする者がたくさんいました。こちらは「大名貸し」とよばれ、商人でありながら藩の財政に深く関わっていきました。掛屋としては大坂の鴻池家や平野屋、天王寺屋が有名です。こちらもまたゼイタク三昧の生活をしてたようですね。