幕末トラベラーズ

山口・湯田温泉の史跡

錦の御旗製作所跡
(にしきのみはたせいさくしょあと)

山口市後河原

幕末期、一の坂川に養蚕所があり、戊辰戦争において薩長軍が使用した「錦の御旗」が製作された。

錦の御旗製作所跡

「錦の御旗(錦旗(きんき))」は、官軍つまり天皇の軍であることを示すシンボルである。慶応3年(1867年)10月に討幕の密勅が出されると、同時に錦の御旗を用意するように内命がくだった。実際に指示したのは岩倉具視である。

大久保利通が京都で材料を調達し、半分は京都薩摩藩邸で製作された。もう半分は品川弥二郎・広沢真臣らが山口に持ち帰り、一の坂川にあった養蚕所の一部を借りて約1カ月をかけて製作したという。製作作業には萩在住の有職家・岡吉春が呼び出されてこれにあたった。

鳥羽伏見の戦いが始まると、錦の御旗は薩長軍側の本営などに掲げられた。岩倉の狙いは的中し、御旗を見た旧幕軍の将兵らは自分たちが朝敵となってしまったことを悟り、士気が落ちて敗走をはじめたという。

御旗の製造のときに余った生地が、山口県立博物館に収蔵されている。また、御旗のレプリカが湯田温泉の松田屋ホテルに展示してある。

PHOTO

(津和野方面へ向かう国道9号線(山口バイパス)が一の坂川にかかる橋の左側に錦の御旗製作所跡がある)

(上の写真でバイパス道路を左側に折れると、もうひとつ小さな橋がある)

(その橋をわたると、すぐに錦の御旗製作所跡がある)

(錦の御旗製作所跡の碑と説明板。もともと養蚕所であったところに作業所を設けた。建物は竹垣などで囲われ、ここで御旗を製作していることは厳重に秘されていた)

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