幕末トラベラーズ

山口・湯田温泉の史跡

毛利敬親像(亀山公園)
(もうりたかちかぞう)

山口市亀山町

山口市の亀山公園にある幕末期の長州藩主・毛利敬親(もうりたかちか)の騎馬像。毛利敬親は有為の人材を登用し長州藩を明治維新の立役者に導いた人物として知られる。像の制作は岩手県出身の彫刻家・長沼守敬(ながぬまもりよし)

公園は小高い山の上にあり、山口市街地を一望できる。

毛利敬親像(亀山公園)

毛利敬親は文政2年(1819年)に生まれ、天保8年(1837年)19歳で家督を継いだ。藩主となった敬親はさっそく村田清風を登用し藩財政改革に取り組んだ。家臣の具申に反対せずいつも「そうせい」と家臣任せにするところから「そうせい侯」と渾名されたとされる。

しかし、幕末長州藩の歴史を振り返れば、決して定見をもたない暗愚な藩主だったわけではなく、暴走を重ねて一時は滅亡寸前まで追い込まれた藩が結果的に明治新政府の主役になり得たことは事実であり、その蔭には過激ながらも能力をもった人材をうまく活用していく器量をもった敬親の存在が大きかったという評価も少なくない。

毛利敬親像の立つ亀山公園は、毛利秀元が慶長元年(1596年)から築城開始して途中で中止となった長山城の跡を、明治33年(1900年)に公園として整備したもの。毛利敬親像のほか、世子の毛利元徳(もとのり)像、他、長州藩の支藩である長府・徳山・清末・岩国の各藩主の像もあったが、第二次世界大戦による金属供出のためすべて撤去され、昭和55年(1980年)になって毛利敬親像のみ再建された。

平成30年(2018年)に再整備され、周辺の木を伐採して眺望も改善された。

PHOTO

(亀山公園の毛利敬親像)

(毛利敬親像の銘文)

(公園より山口市街地を望む)

(背後の山(鴻の峰)には、大内義長が築いた高嶺城(こうのみねじょう)跡がある)

瑠璃光寺五重塔のある香山公園方向を望む)

(公園の南側に降りていくと、サビエル記念聖堂がある)

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