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京都の史跡

二条城
(にじょうじょう)

京都市中京区二条城町

現在の二条城は、慶長8年(1603年)に徳川家康によって創建された。

幕末においては、15代将軍・徳川慶喜が大名たちに大政奉還を宣言した場所として有名である。

二条城

歴史の本や教科書で有名な「大政奉還図」(邨田丹陵(むらたたんりょう)画)。この舞台である二条城の二の丸御殿大広間には、この絵から抜け出してきたような実物大の人形が配置されており、当時の雰囲気が伝わってくる感がある。

絵と標題の印象から、二条城で大政奉還の儀式が行われたように錯覚されがちだが、ここは徳川慶喜が幕府高官や諸藩の代表に対して、つまり徳川の身内に対して大政奉還の決意を述べた場所。

慶喜は、慶応3年(1867年)10月13日に在京の大名たちを二の丸御殿の大広間に集めて大政奉還の諮問を行い、翌14日に桑名藩主・松平定敬を伴って朝廷に参内しこれを奏上、15日になって朝廷が「大政奉還」を受理した。

ただしこの時点ではまだ慶喜は征夷大将軍職を辞していない。幕府が名実ともに消滅し慶喜が将軍でなくなったのは、12月9日の「王政復古の大号令」のときである。

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二条城

PHOTO

(二条城二の丸御殿(国宝)。ここの大広間で徳川慶喜が大政奉還の意思を大名たちに伝えた)

(二の丸御殿。左側の棟の中に大広間がある。御殿内部は撮影禁止。各間をつなぐ廊下は鶯張りになっていて、歩くとキュッキュッと音が鳴る)

(二の丸庭園)

(現在の押小路通堀川に面した東南隅櫓(とうなんすみやぐら)

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