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薩摩義士碑
(さつまぎしひ)

鹿児島市城山町

「薩摩義士碑」は、宝暦の治水工事で犠牲となった薩摩藩士たちの供養塔。

薩摩義士碑

宝暦3年(1753年)、徳川幕府は琉球貿易で経済力をつけていた薩摩藩を警戒し、その財力を減殺することを目的に、木曽川・揖斐川・長良川の治水工事を命じた。もともと難工事のうえ、薩摩藩の負担を大きくするために幕府は専門職の雇用を許さず、伝染病による病死や幕府への抗議の切腹などで80名以上が命を落とした。またやり直しの連続で、最終的な工費は40万両にのぼった。

1年3カ月ののちようやく工事は完了。建設された堤防によって洪水の被害は大きく減少したという。工事責任者だった薩摩藩士・平田靭負(ひらたゆきえ)は、人的物的な犠牲が多大になり藩に迷惑をかけたとして、工事完了後に自害した。墓は伏見の大黒寺にある。

この薩摩義士碑は、工事の犠牲となった藩士たちの慰霊のため大正9年(1920年)に建てられた。平田靭負を頂点として供養塔が山の形に並べられている。

PHOTO

(鶴丸城跡の歴史資料センター黎明館の北側にある薩摩義士碑(バス停の向こう側)。左が黎明館入口)

 

(将棋の駒形をした供養塔)

(碑の前にある説明板)

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