幕末トラベラーズ

萩の史跡

萩城跡
(はぎじょうあと)

萩市堀内

萩城は長州藩(萩藩)の城で別名指月城(しづきじょう)。松本川と橋本川に挟まれた萩三角州の西北端にある。

三角州に広がる萩の城下町は、大きな戦災もなく当時の面影を色濃く残しているが、萩城は明治7年(1874年)の廃城令によって破却され、現在は石垣のみが残っている。

萩城跡

関ヶ原の戦いで西軍の総大将となった毛利輝元(もうりてるもと)は、敗戦後それまでの中国120万石の所領を大幅に削減され、長門・周防2カ国36万9千石に押し込められた。さらに、毛利家の反乱を警戒した幕府から、築城の場所を僻地である日本海側の萩にするよう命じられ、慶長13年(1608年)に指月山に萩城が完成した。

長州藩の政治運動が活発になってきた幕末期の文久3年(1863 年)、藩主・毛利敬親(もうりたかちか)は、藩庁をより交通の便利な山口政事堂(現在は山口県庁)に移した。幕府に無断での移転だったが、力の衰えていた幕府はこれを黙認。第一次長州征伐で長州が降伏すると、一時藩主父子は萩城に戻ったが、その後、高杉晋作の藩内クーデターによって倒幕派が実権を握ると、再び政庁を山口に戻した。

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(萩城下町の西北、指月山のふもとに広がる萩城跡)

(藩祖・毛利輝元像。ただし初代長州(萩)藩主は輝元の子・毛利秀就(もうりひでなり)

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