幕末トラベラーズ

江戸の史跡

藤田東湖碑跡
(ふじたとうこひあと)

藤田東湖碑
文京区後楽1丁目

尊皇攘夷運動の核を育てた水戸学の大家・藤田東湖が、安政地震のさいに母をかばって死去したことを悼み、のちに石碑が建てられた。石碑は小石川後楽園内に移され、現在は案内板のみが立っている。

藤田東湖碑跡

藤田東湖は、文化3年(1806年)3月16日に水戸で生まれた。水戸学の大家である東湖は、攘夷派の巨頭として知られる徳川斉昭の側近として活躍した。幕末における「尊皇攘夷」の語を初めて使ったとされ、吉田松陰や西郷隆盛など数々の尊皇志士たちに非常に大きな影響を与えた。

東湖は、安政地震のときに江戸の水戸屋敷にいた。いそぎ母を背負って屋敷外に避難したが、その後母が火鉢の火を気に掛けて再び邸内に入っていった。東湖は母を追い、連れ戻そうとしたときに、鴨居が二人の上に崩れて落ちてきた。東湖がそれを身をもって支えたため、母は無事だったが、自分はそのまま梁の下敷きとなって息絶えたという。

この悲しい美談を記念する碑が、もとの藩邸内に建てられていたが、白山通りの拡張工事があったときに、小石川後楽園内に移され、通りの方には説明板が設置された。

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(白山通りの歩道上に立つ「藤田東湖護母致命の処」説明板。通りの左側が東京ドーム方向)

(もとの石碑は、小石川後楽園内に移された)

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