幕末トラベラーズ

アーネスト・サトウ住居跡【PHOTO 1】

アーネスト・サトウ住居跡

■アーネスト・サトウ住居跡 (赤穂浪士の墓地で有名な泉岳寺。この門前に英国公使館があった)

アーネスト・サトウ住居跡

■アーネスト・サトウ住居跡 (上の写真から浅草線泉岳寺駅方面に少し降りてきた場所。このあたりの道筋は幕末期からほとんど変わっていない)

アーネスト・サトウ住居跡

■アーネスト・サトウ住居跡 (上の写真で道路の反対側から(泉岳寺三門を背にしている)。奥の信号は第一京浜(旧東海道)に突き当たる交差点で、幕末期は海岸線となっていた。サトウとミットフォードが住んだ邸宅はこのあたりと推測される。(史料によっては寺院のように書かれているが)、サトウ著「一外交官の見た明治維新」の記述によると、おそらくは高禄の武士が所有していた家屋敷のようである。「この家は江戸湾を見渡す切り立った丘の上にあって、高屋敷と呼ばれていた。〜〜書斎は九フィート四方で、海を一望におさめることのできる円形の窓と、その横側には庭園を見渡せる角窓がついていた」(同著より)と説明されており、当時の情景がしのばれる)

アーネスト・サトウ住居跡

■アーネスト・サトウ住居跡 (こちらは泉岳寺前の住居跡ではなく、明治維新後にサトウが購入した家屋敷の跡。現在は法政大学(千代田区富士見)の敷地となっている。左手は靖国神社の境内)

アーネスト・サトウ住居跡

■アーネスト・サトウ住居跡 (上の写真のなかほどにある碑の銘文。法政大学の図書館の裏手にある。サトウがイギリスに帰国した後も妻子たちの住み処となり、サトウは彼らに仕送りを続けたという)

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